2011/11
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だいじなこと。

Posted on 2011 年 11 月 26 日 by admin

先日、ぼくが尊敬する方からお手紙をいただいた。
その中に書かれていた一文を紹介。

「自分の命と、自分のお金とどちらが大事?」と聞けば、
ほとんどの人がこう答えるだろう。
「命が大事だと。」
でもこう質問したら、どう答えるだろうか?
「自分のお金と、他人の命とどちらが大事?」

他人との距離感、親密感によっても違うかもしれないが、
みなさんとどう答えますか?

 

さらにぼくはこう思う。
命より時として大事なものがある。
上記を前提に考えると、 お金 < いのち < ○○○
といったところだろうか。

そのことに触れる前に、少し最近の活動の話をしよう。

今年の「農村ホームスティ」はなんとか無事に終わった。
十勝管内268戸の農林漁家と2081名を受入れた。
1泊の農林漁家での生活体験だが、今年も大きな手応えを
感じた。この積み重ねが新たな価値感形成につながると確信。
(昨日までの3日連続で北海道新聞で特集されたが
収支は厳しいのが現状。。。バレたか。。。というか、
そこにこだわりがないというのが正直な答え。それじゃダメだよ。
色んな方からお叱りを受けそうだが、ぼくがしようとしているのは、
ぼくの事業としての存続、継続でなく、行政などを巻き込む仕組み作り。
多くの人たちが関われる枠組み形成だ。みんな不思議がるけど、目的と手段を
分けて進めているぼくにはなんの迷いもない。〜ただ、近しい人には
相変わらず傷つけてしまっているかしれないけど。。)

先週、こんな企画を行った。大手企業の経営者育成プログラム
の一環としての「農村ホームスティ」。
参加者は34名。
ビール会社、製薬会社、証券会社、商社など、誰もが知る
大手企業34社の幹部社員(平均年齢45歳)ばかりだった。

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どんなことを体験してもらったかというと、酪農家での
生活体験。朝3時半に起き、搾乳。そして牛舎の掃除。

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午後からは、新得地鶏に協力してもらい、
いのちをいただく、実践授業。

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生きている「にわとり」をつぶした。
みんなで毛をむしり、解体し、最後にたべた。
「いただきます」まさに他の命とのつながりがなければ、
我々は生きていけないことを身体と心で感じてもらうのが、目的だった。

酪農家での生活体験後の感想で、分かったこと。
それは、お互い、なにも知らなかったんだな〜ってこと。
都市と農村の対立構図がTPPでさらに深まりを見せている中、
議論をする以前に互いを知る必要性を改めて実感。

命の糧「食」を育む営みはもっとリアルに発信しないと。
命の糧「食」をいただく生活者は、もっとリアルに受け止めないと。

ただ、もうひとつ確信したことがあった。
それは、結局は人と人の問題なんだ!ってこと。
農家も企業人も所詮同じ人間。
何が大事で、なにが大切なことなのかという
議論に立場は関係ないってこと。そして想いは共通だってこと。

でも、正直、ビクビクだったよ。
TPPの渦中の中での、こんな企画は。。。
十勝で誰を巻き込みどう対応するか。。。
どのような順番でなにをどう見せて、どう感じてもらうか。。。
ある意味、こんなに気を使ったのは、生まれてはじめてかも。。。
でもやってよかった!農家や参加者である企業の方たちの
感想を聞いて実感した。伝える方向性に更なる自信が芽生えた。

一昨日、札幌で講演をした。
そのときにこの時の話をしたのだが、話を聞いてくれた
主催者でもあった日本ユニシスの黒川社長が
「話を聞いて涙が出た。」と感想を言ってくれた。
彼は、農家出身で自身の幼少期ににわとりをつぶす
実体験を持っていた。私の発信に大きくうなずいてくれた。

企業人のプログラムを主催するISL(東京)は、
来年も引き続きとやりたい!言ってくれている。
企業人に農村での実体験を通じ、食の現場でなにかを
継続的に感じてもらいたい!
様々なつながりが希薄していく現代社会では、
このような取組が必要だと改めて感じた。

 

話を最初に戻そう。

人はひとりでは生きていけない。
ひとりでは生きれていない。

ぼくも、みなさんも、いまこのこうして生きて
いるのは、親がいたからで、親がいなければ
こうして生まれてこれていない。
そしてその親もその親もそのまた親も。
つまり、ぼくらは、過去からのつながりの一部で
あり、このつながりを次につなげていく義務がある。

いのちをつぎに、社会をつぎにつなげていくこと。
そこに生きていく意味があり、そこにいのちを
使う必要があるのだと思っている。

いのちが大事。いのちをつぎにつなげていくことが大事。
ぼくは、3人の子どもを授かった。
いのちをつぎにつなぐことは、まあまあ、義務を果たせたと考える。
あとは、社会をつぎにつなげていくために、なにが
できるのだろう?
毎日そう考えてばかりいる。

つまり、ぼくの中では、社会をつぎにつなげる>いのち
なのかもしれない。
だからといって、いのちを粗末にはしないが、
自分のいのちを存続させるために、社会がつながるチャンスは
逃したくない!そう心にきめている。

社会がつぎにつながっていくために、
ぼくはなにをするべきか?
どう生きるべきか?
どう命をつかうべきか?

自分自身に問いかける毎日だ。