2011年10 月の記事一覧

2011/10
30

賽は投げられた。

Posted on 2011 年 10 月 30 日 by admin


色んな物や事が壊れてきたね。それなのに見えてこない
未来への展望。。。
リセットされるまで壊れ続けることが宿命なのか?
それが「自然の摂理」なのかな〜とつくづく思うこの頃です。

震災、原発事故、そしてTPPに突入の日本。
格差社会を生み出し限界を迎えているグローバルな
経済至上主義。

目を覚ませ!日本の政治家たち。。。
あなたたちはなにを目的にこの国に雇われているのか?

それはただひとつ、この国が無事であり続けること。
今の社会が無事であり、次につながっていくために
仕事をすることが唯一の目的ではないのか!

我々はいまこそ自覚するべきだ。
自分ひとりで生きれていないことを。
支えられていきれているということを。

空気、水、食料があり、生かされている我々。
他の命をいただき、つぎに命をつないでいる我々。
先祖からのつながりがなければ存在していない我々。

自分ひとりでなんてなにもできていない。
つながりの中で生きれていることをもっと真摯に
受け止めるべきだ。

よく聞く言葉「人はなんで生きているのか?」
「自分のため、家族のため、夢を実現するため、
世の中のため、お金を稼ぐため」
色んな答えが返ってきそうだ。

でも答えはひとつに決まっている。
それは、つぎに命をつないでいくため。
そう、種を保存するために人は生きている。

それ以外は手段であり、目的はただひとつなのだ。
手段が目的化してしまい、本当の目的が見失われて
しまっている現代社会。

手段であるはずの経済が優先され判断されるTPP。
TPPを農業問題だと思っている人はいないだろうか?
農家が困るだけの政策だと思ってはいないだろうか?
自由化、グローバル化は本当に正しい判断なのか?

正しい判断?
そう、目的を達成するために必要な判断なのかということ。
国が目指す目的は、国の存続、国の無事。
そこに住む国民の命がつぎにつながっていくことが
目指すべき目的。
そのために、私は自由化、グローバル化は不必要だと確信する。

思い返してほしい。
戦後高度経済成長をし発展してきた日本。
奇跡的な成長で世界をリードしてきた日本の企業。
企業の発展がイコール国民生活の水準を押し上げてきた。
サラリーマンは企業に守られ、修身雇用が象徴するように
国民は企業とともに豊かな暮らしを手に入れてきた。
また企業はこの国の発展に大いに貢献してきた。
そして世界に進出する日本企業。国民はみな誇らしかった。
日本の企業から世界の企業に!企業はさらに大きく飛躍して
いくことになった。世界中の投資家に注目される日本企業の株式。
株主の比率が国民よりも海外の投資家や企業が多く所有することも
珍しくない状況。ある製薬会社は80%が海外資本。
ある自動車会社は50%が海外資本。

しかし、これはなにを意味しているか?
つまり、日本発の企業はグローバル社会の中で世界の企業に
なったということ。裏をかえせば、日本の企業でなくなったと
いうことだ。もはやこれらの企業に国益は考えられない。

企業利益をあげるために、必要であれば、人件費の高い日本人を
クビにし、安い海外の労働者をあてる。工場を国内から海外に
移転をする。株主が望むのは、利益であり、国益ではない。
国民を雇用することに優先順位をあげることを株主は望まない。
利益にならなくても国益になるような判断を株主は望まない。
利益をあげることが是で、利益があがらないことは非。

なにが手段で、なにが目的なのかを、いま一度考えてほしい。

自由化が進み、淘汰されるだろう日本の農業。
もちろん現状を全て守れとはだれも思っていない。
しかし、新たな枠組みの中で企業が農業に進出し、利益追求の
価値観のみを持ち込み、世界に進出する農業生産法人が
続出していけば、上記のような戦後企業と同じ道を辿るだろう。
なぜなら、日本の工業技術も優秀であれば、また農業技術もまた
世界の中では最高の水準だからだ。

命の糧、食を賄う「農業」を自由化、グローバル化の中に解放しては
ならない。農業は産業とだけでとらえてはならない。
命の糧を自国で守れるコントロール機能が麻痺すれば、
国は滅びるだろう。農業の持つ国防という概念を忘れてはならない。

タイやオーストラリアの洪水など、温暖化も影響してか、異常気象は
稀な現象ではなくなってきたいま、そして人口がまだまだ増え続ける
いま、世界を震撼させる食料危機は決して絵空事ではない。

国を存続させるためになにを守るべきか?
言い換えれば、なにがなければ、国は存続できないのか?
人が命をつなげていくために必要なものはなにか?

壊れたあとのことを考え、進むべき方向は明確に見えてきた。
この国の判断を受け、僕はふたたび大きく舵をとろうと思う。
この半年の間、僕なりに努力はしてきたつもりだったが、
もう壊れることを止めることに時間は使わない。
壊れることはもう止められない。。。
これ以上そこに時間を使おうとすると僕の命が続かない。。。
だから僕は船をおりるのをやめた。(漁師復活じゃないよ、笑
船をおりるには、ふたつの意味があったということです。。。
ちなみに、私の著書のタイトルです。。。この半年、そしてその前から
のこの1年半は、ほんと苦しかった。。。)

2月にも書いたが、いま、方舟を作ろうと心にきめている。
命の糧食を賄うここ十勝で将来多くの人が受入れられるように。

都市と農山漁村の信頼関係の構築を国レベルで考えるのではなく、
もっと小さな枠組みで考えることがこれから求められる。
生きていくために必要なもの、水、空気、食料。
そしてそれらを補完するために必要なエネルギーを
できるだけ自給できる枠組みのモデルをここから作っていきたい。

賽は投げられたよ。みんなはどうする?